밥 먹었니?
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2009年12月01日

取材レポ@シスコ

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今週のはじめ、リッツカールトンのスイートで会った。
彼は27年前に生まれた。
「忍者刺客」の北米プロモーションツアーについで、香港のコンサートを開催する。

「ゴールデンゲート橋でCF撮影で4年前に初めてシスコに来た」
「最近?オフに女子と」

グレーのコートの下に黒いTシャツ。
ジェルでセットしたオレンジがかった茶色の髪。
深夜営業の店にたむろってる大学生っぽい。

彼の宣伝文句は「才能がある」「セクシー」「かわいくてセクシーな女子がタイプ」。でも彼がそれを云うとき嫌な感じはしない。
これは軽い話ではなく、絶え間ない努力と才能によって、「パン屋」(餅屋)の息子から国際的なスターになった。
これまでの7年間に、韓国で5枚のアルバム、日本で1枚をリリースし、英語圏でもデビューの計画がある。
彼はCEOでもある。以前のマネジメント会社で、2年前に法律上の問題が起こったとき、彼は自身の会社つねを興した。

映画では、パク茶ぬくの奇妙なラブロマンス「サイボーグでもだいじょうび」にはじまり、ウォシャ臼キー姉弟の「高速運転者」で、脇役ながらハリウッドデビューを果たした。「的リクス」3部作で有名な姉弟は、センセイの何かを見出し「忍者」にキャスティングした。
<彼らはジェームスマクティーグ監督のためにプロデュースをしている>

「わたしは体をブルースりーのようにしなければならなかった」センセイはそう云ったが、ほとんど通訳を頼らなかった。
<彼は英語でインタビューを行うと決めていたようだった>
「わたしは1週間に5日間、1日8時間訓練をしました」「ささみと野菜だけ、砂糖なし、塩なし、チョコレートなし」
「知ってますか?チョコレートがめっちゃ好きで、ひどいチョコレートジャンキーなんです」

子供の頃、彼はアルパチーノの「スカーフェイス」とマイコーの歌とダンスに魅了された。そして彼が18歳のとき病気で亡くなった母親の影響に導かれていると言う。
「わたしたちはとても貧しかった」とセンセイは語る。「彼女はわたしのヒーロー(ヒロイン?)であり天使。いつもいなくて寂しく思う」それは、彼の世代の多くのアイドルや俳優にはない、年の割りに落ち着いた態度を説明するものかもしれない。

「夢がある」とセンセイは言う。
「10歳のときから歌手や俳優になりたかった。夢は叶ったが、自分自身への限界に挑戦したい」

※画像はもちろんバレリーナ
このインタビュアー、男女どっちか知りませんがホレてもうたんじゃないでしょうか(笑)

 ↑ 

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